「あの契約は失敗だった」——MLBの大型契約は、しばしばこう語られます。日本の野球メディアでも「不良債権となった超大物選手」という特集が組まれ、レジェンドの晩年契約が話題になりました。
あわせて「球速だけでは通用しない」と話題の佐々木朗希、MLB適応度を実投球データで検証|奪三振99・防御率4.56の中身も参考になります。
ただ、こうした評価はたいてい「印象」で語られます。年俸が高いのに打てなかった、というだけでは、どれだけ球団の損になったのかは分かりません。
そこでDiamondStatsは、支払った総額と実際に生み出した働き(WAR)を突き合わせ、独自の「不良債権スコア」で歴代の失敗契約を数値化しました。感覚ではなく数字で、どの契約が本当に重かったのかを検証します。
「不良債権スコア」の考え方——1WARはいくらか
まず物差しを決めます。WARは「その選手が、いつでも代わりが利く控え選手(リプレースメント級)と比べて、何勝ぶんチームを勝たせたか」を表す総合指標です。指標の詳しい意味はMLBで使われる野球用語を完全解説にまとめています。
詳しくはMLBで使われる野球用語を完全解説【打率・OPS・WHIP・WAR入門】でまとめています。
FA市場では、この1WARの価値がおおむね650万〜800万ドルで推移してきました。つまり「8勝ぶん働く選手」に年8000万ドル前後払うのが、ざっくりした相場です。
DiamondStatsの不良債権スコアは、この相場を基準にシンプルに測ります。
- 契約総額 ÷ 契約期間の実働WAR=1WARあたりの支払額
- これが相場(約800万ドル)の何倍かで「重さ」を測る
- WARがマイナスの契約は割り算が成立しない(控え選手以下なので、払った額はまるごと損失)=これが最悪クラス
この物差しで見ると、金額の大きさより「働きに対して払いすぎたか」がはっきりします。契約の仕組み自体はMLB移籍・契約のデータ解説ガイドも参考にしてください。
ワースト級①クリス・デービス——全額がデッドマネー
不良債権スコアで最も重いのは、割り算すら成立しない契約です。その代表がオリオールズのクリス・デービスでした。
2016年、デービスは7年1億6100万ドル(うち4200万ドルは2037年まで続く後払い)でオリオールズと契約します。前年に43本塁打を放った看板打者への、球団史上最大の投資でした。
ところが働きは初年度で止まります。年ごとの本塁打とWARを並べると、失速がひと目で分かります。
| 年 | 本塁打 | 実働WAR(公開記録ベース) |
|---|---|---|
| 2016 | 38 | +2.9 |
| 2017 | 26 | ほぼ0(マイナス圏) |
| 2018 | 16 | 約-2.8 |
| 2019 | 12 | マイナス |
| 2020 | (出場わずか) | マイナス |
2018年には打率.168という、規定打席級では歴史的な低さまで落ち込みました。初年度の+2.9を除けば以降は毎年マイナスで、契約全体を通した実働WARはマイナス圏にとどまります。
つまり球団は、控え選手を置いていたほうが勝てた計算になります。1億6100万ドルはまるごと損失で、しかもデービスは2020年を最後に実働から退いた後も、後払いだけが2037年まで残りました。金額そのものはプホルスより小さくても、「働きがマイナス」という一点でスコアは測定不能——DiamondStats基準では最悪クラスです。
ワースト級②アルバート・プホルス——2.4億ドルが生んだ約12勝
金額の巨大さで語られるのが、エンゼルスのアルバート・プホルスです。10年2億4000万ドル(2012〜2021年)は、当時のスケールで球史に残る大型契約でした。
プホルスの場合、デービスと違って前半は働いています。契約前半5年で14.8 bWAR、146本塁打。ここだけ見れば「並の当たり契約」です。問題は後半でした。2017年に自身キャリア初のマイナスWAR(約-1.8)を記録し、以降は下降。10年間の通算はおよそ12 WAR(前半で稼いだ14.8から、後半のマイナス分を差し引いた水準・公開記録ベース)にとどまりました。
これをスコアに落とすと——
- 2億4000万ドル ÷ 約12 WAR=1WARあたり約2000万ドル
- 市場相場(約800万ドル)の約2.5倍
デービスのように「全損」ではないものの、相場の2.5倍を払った計算です。しかもプホルスは契約最終年、わずか24試合で戦力外(DFA)になりました。額の大きさゆえ、総損失(相場との差)ではむしろプホルスが上回ります。「働いた分だけデービスよりマシ」だが「払いすぎた総額は最大級」——これが数値化して初めて見える差です。
番外——ボビー・ボニーヤ、働かずに35年払われる契約
WARでは測れない、まったく別種の不良債権もあります。ボビー・ボニーヤの契約です。
2000年、メッツはボニーヤに残っていた590万ドルを、その場で払わずに後払いへ切り替えました。条件は年8%の複利・10年据え置き。その結果、2011年から2035年まで毎年119万ドル、総額約2980万ドルを払い続けることになりました。元本のおよそ5倍です。
ボニーヤはとっくに引退していますが、メッツは毎年7月1日に小切手を切り続け、この日はファンの間で「ボビー・ボニーヤ・デー」と呼ばれています。働いていない期間に、利息だけが膨らんで払われ続ける——WARで割れない、金利型の不良債権です。
面白いのは、この「後払い」という発想自体は失敗ではなく、使い方次第という点です。大谷翔平が結んだ10年7億ドルは、大部分を2034〜43年に後払いする設計で、球団の現在の負担を軽くしています。同じ後払いでも、目的が「利息で膨らませる清算」か「補強余力を生む設計」かで意味は正反対になります。
まとめ——「高い契約」と「重い契約」は違う
不良債権スコアで整理すると、失敗契約は2タイプに分かれます。
| 選手 | 契約 | 実働WAR | 1WARあたり | スコア評価 |
|---|---|---|---|---|
| クリス・デービス | 7年1.61億ドル | マイナス圏 | 算出不能 | 全額デッドマネー(最悪) |
| アルバート・プホルス | 10年2.40億ドル | 約12 | 約2000万ドル | 相場の約2.5倍 |
| ボビー・ボニーヤ | 590万→約2980万ドル | — | — | 金利型(元本の約5倍) |
デービス型は「働きがマイナスで全額が損失」、プホルス型は「働いたが相場の何倍も払った」。感覚では同じ「不良債権」でも、中身はまったく違います。
裏を返せば、良い契約とは「1WARあたりの支払額が相場より安い」契約です。いま現役の日本人選手が、その物差しでどれだけ割安に働いているかはMLB日本人選手コスパランキングで数値化しています。契約の「額」ではなく「重さ」で見ると、MLBの投資の巧拙がまるで違って見えてきます。
この点はMLB日本人選手コスパランキング 2026|年俸×成績を徹底比較で詳しく整理しています。
よくある質問
Q. 不良債権スコアは公式の指標ですか?
いいえ。公表されている契約額と、一般に公開されている選手評価指標(WAR)をもとに、DiamondStatsが「1WARあたりの支払額」として独自に再集計したものです。相場(1WAR=約800万ドル)と比べて何倍かで契約の重さを測っています。
Q. なぜWARがマイナスだと「最悪」なのですか?
WARは「控え選手と比べて何勝ぶん上乗せしたか」を表します。マイナスは、その選手を使うより控え選手を置いたほうが勝てた、という意味です。つまり払った年俸は上乗せをまったく生んでおらず、まるごと損失になります。割り算が成立しないため、スコアは測定不能=最悪クラスと位置づけています。
Q. クリス・デービスとプホルス、損が大きいのはどちら?
性質が違います。デービスは「働きがマイナス=全額が損失」という質の悪さで最悪クラス。プホルスは前半に働いた一方、総額2.4億ドルに対し実働は約12 WARで、相場との差額(払いすぎた総額)ではプホルスが上回ります。「率で最悪ならデービス、総額で最大ならプホルス」と整理できます。
Q. ボビー・ボニーヤの契約はなぜ有名なのですか?
引退後も2035年まで毎年119万ドル、総額約2980万ドルが払われ続けるためです。元は590万ドルを年8%の複利で後払いにした結果で、7月1日は「ボビー・ボニーヤ・デー」と呼ばれます。後払い設計自体は大谷翔平の契約にも使われており、使い方次第で意味が変わります。
Q. 契約が「当たり」かどうかは何で見ればいいですか?
1WARあたりの支払額が、市場相場(おおむね650万〜800万ドル)より安いかどうかが目安です。安ければ割安な当たり契約、相場の数倍なら重い契約です。年俸の総額の大きさだけでは、当たり外れは判断できません。
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背景は大谷翔平 MLB通算300号は歴代5位の速さ 打者として1,102試合で到達で解説しています。
文:DiamondStats 分析チーム(MLBデータ分析担当)|データ出典:MLB公式Stats(2026年8月時点)





